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岡山地方裁判所 平成9年(行ウ)4号 判決 1999年6月16日

岡山市南輝三丁目一番二八号

原告

今岡進

右訴訟代理人弁護士

水谷賢

右訴訟復代理人弁護士

井上雅雄

岡山市天神町三丁目二番一三号

被告

岡山東税務署長 橋口滿

右指定代理人

内藤裕之

山﨑保彦

岡垣利幸

菅博志

牛尾義昭

小濵兼次

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が平成七年二月二三日付けでした原告の平成三年分、平成四年分及び平成五年分(以下「本件各係争年分」という。)の各所得税の各更正(以下「本件各更正処分」という。)のうち平成三年分については所得金額三一一万八〇〇〇円、平成四年分については所得金額四〇二万円及び平成五年分については所得金額三一六万円をそれぞれ超える部分並びに各過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二事案の概要

本件は、機械加工業を営み、税務申告に関するいわゆる白色申告者である原告が、本件各係争年分について被告が推計の方法(争いのない本件各係争年分の収入金額に類似同業者の平均所得率を乗じて得られた算出所得の金額から、争いのない事業専従者控除額を差し引いて原告の事業所得の金額を算出する方法)を用いてした原告の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分が推計課税の必要性及び合理性を欠く違法なものであるとして、右各処分の取消しを求めるものである。

一  争いのない事実

原告は、住所地において、「今オカ工業」の名称で機械部品の加工業を営み、税務申告に関するいわゆる白色申告者であるが、本件各係争年分の所得税について、被告に対し、別表一の1ないし3の各「確定申告」欄記載のとおりの内容の確定申告書を提出したところ、被告は、これに対して、同各「更正処分」欄記載のとおりの内容の本件各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件各賦課決定処分」といい、これらを併せて「本件各処分」という。)を行った。原告は、これを不服として、本件各処分につき、被告に対する異議申立て及び国税不服審判所長に対する審査請求を行い、被告は右異議申立をいずれも棄却する異議決定をし、国税不服審判所長は、右審査請求を棄却する審査裁決をしたが、その経過及び内容は、別表一の1ないし3の各「異議申立て」、「異議決定」、「審査請求」及び「審査裁決」欄記載のとおりである。

原告の本件各係争年分の収入金額は、別表二の番号<1>「収入金額」欄及び別表三の1ないし3記載のとおりであり、事業専従者控除額は、別表二の番号<4>「事業専従者控除額」欄記載のとおりである。

二  主たる争点

1  推計課税の必要性

(一) 被告の主張

原告が提出した確定申告書には、収入金額及び必要経費の記載がなく、その内容が全く不明であり、被告は、これまで原告に対して一度も税務調査を行っていなかったことから、本件各係争年分における原告の課税標準等の調査をすることとした。しかし、原告は、次のとおり、被告の協力要請にもかかわらず、被告の税務調査に協力せず、被告に対し帳簿書類の提示をしなかったので、原告の所得金額を実額計算によって把握することができなかったことから、被告は、やむなく推計の方法によってこれを算定したのである。

(1) 被告の係官は、原告宅を訪問したり電話をして繰り返し税務調査への協力を求めたが、当初原告が了解した日時に被告の係官が原告宅を訪問した際も原告は不在であり、その後に右係官が調査のために原告宅を訪問した際には、右係官の調査に関係のない第三者の立会のない状態での帳簿書類の呈示及び協力要請にもかかわらず、原告は、民主商工会(以下「民商」という。)の事務局員等の調査への立会を執拗に要求するなどして、調査に全く非協力的な態度を示し、その後も、原告は反面調査に対する抗議に終始し、結局、原告は、被告に対し、本件各係争年分の帳簿書類を呈示しなかった。

(2) 確かに、被告の係官は、原告の事前の承諾を得ないまま、平成六年八月三〇日午前八時一〇分ころ、原告宅を訪問したが、これは、その前日、電話で原告と調査日程について調整している途中で、原告が一方的に電話を切ってしまったため、早期に調査に協力してもらうことを原告に要請するために、原告の工場の場所や出勤時刻が分からない原告と確実に面接できるような時間帯を考えて訪問したのである。

被告の係官は、電話連絡のほか、原告宅を訪問した際に原告が不在であれば「連絡表」を置いてくるなどして、調査日時等の調整を行っていたもので、これら事情からすれば、平成六年八月三〇日の右訪問は、社会通念上相当なものとして、税務職員の合理的な裁量の範囲内の行為である。

(3) また、被告の係官が、原告の要求する民商関係者の立会を認めなかったのは、調査にあたって、被調査者の取引先等の秘密事項を聞くことがあり、原告の取引先との関係で公務員の守秘義務違反となるおそれがあると判断したからである。

税務調査は、犯罪調査とは異なり、収入金額や必要経費について、その内容を最も把握している納税義務者本人から説明を求め、あるいは帳簿書類等の検査をするものであるから、被告の係官が守秘義務を理由に第三者の立会を拒否したことも裁量の範囲内の行為である。

(二) 原告の反論

被告の原告に対する税務調査が円滑に進まなかった理由は、以下のとおり、被告側の大きな落ち度によるものであるから、いまだ被告は、調査を十分に尽くしたとはいえず、推計の方法によって原告の所得金額を算定する必要性は認められない。被告は、原告が民商の会員であることから、税務調査に民商関係者の立会をさせないため、事前連絡をせずに原告宅を訪問しているように、原告が民商会員であることを嫌悪し、いわゆる「民商つぶし」の目的で税務調査を行ったのである。

(1) 被告の係官は、平成六年八月三〇日、執務時間外である午前八時一〇分ころに、突然原告宅を訪れ、就寝中の原告を起こして調査を開始しようとし、これに対し、原告は抗議したが、右調査の行き過ぎについて、被告は非を認めようとしなかった。

(2) 質問検査権の行使として行われる税務調査は、任意調査であり、調査に応じるか否かは基本的に被調査者の意思にゆだねられていること、被調査者の営業や生活に支障を及ぼす不利益をもたらすおそれのあるものであることから、税務調査は、<1>客観的必要性があり、<2>社会通念上相当な限度においてのみ許容されるものであるところ、現実の税務調査は、被調査者の税務に対する無知につけこんで、権力を背景に人権を無視して行われることが多い。したがって、現場において調査を監視し、必要な助言を与え、不当な状況が生じた場合の証拠保全のため、被調査者が、自己の信頼する者を立ち会わせることは重要である。

被告は、調査の際、守秘義務を根拠に第三者の立会を拒否するが、守秘義務により保護されるのは被調査者の個人的情報にほかならず、その被調査者自身が第三者の立会を望んでいる以上、守秘義務は、第三者の立会を拒否すべき理由とはならない。また、取引先である第三者の営業上の秘密が、原告の関係者である第三者を調査に立ち会わせることによって右第三者に漏れることが税務職員の守秘義務に反することになるというのであれば、守秘義務がない被調査者である原告に対する関係でも守秘義務違反となるのであるから、原告の関係者である第三者を調査に立ち会わせるか否かと右守秘義務とは関係がないことになる。

原告は、被告の係官に対し、調査の理由を尋ね、また、民商の事務局員立会のうえで調査を受けたいと申し出たところ、右係官はこれを拒否し、自ら調査をせずに立ち去ったのであって、原告側から正当な調査を拒否した事実は全くない。

2  推計課税の合理性

(一) 被告の主張

原告の本件各係争年分の所得金額の算出経過は別表二のとおりであり、その算出根拠は次のとおり合理性がある。

(1) 収入金額

原告の本件各係争年分の収入金額は、原告の取引先に対する反面調査により算出されたもので、別表三の1ないし3のとおりである。

(2) 算出所得金額の計算方法

算出所得の金額は、本件各係争年分ごとに、後記の基準を満たす業種、業態及び事業規模が原告と類似する青色申告者(以下「類似同業者」という。)を抽出したうえ、本件各係争年分ごとに、別表四の1ないし3のとおり、右同業者の収入金額に対する算出所得金額の割合の平均値(以下「平均所得率」という。)を求め、これを前記(1)の原告の本件各係争年分の収入金額に乗じて算出したものである。

(3) 類似同業者選定の合理性

ア 被告は次のような抽出基準を設けて類似同業者を抽出したもので、右選定には客観的な合理性がある。

<1> 本件各係争年分を通じて所得税の確定申告について、所得税法一四三条の承認を受けて青色申告書を提出している者

<2> 本件各係争年分を通じて、数値制御装置を備え付けた加工用機械を所有し、機械部品(受託)加工業を継続して営み、その中途において、開廃業、休業又は業態を変更していない者

原告は、原告においては他の同規模の同業者に比して類をみない最先端の高価な加工用機械を所有しており、被告の右抽出基準は極めて抽象的なものであり、右特殊事情が無視されているから、被告の類似業者選定に合理性はないと主張する。

しかし、被告の右抽出基準の意味・内容が理解できないほど抽象的なものとはいえないし、また、推計課税は、納税者の所得金額が直接的な資料によって把握できない場合に、税負担公平の観点から課税の放棄が許されないことから、やむを得ず間接資料によって推計した金額をもって真実の所得金額に近似するものとして認定し、課税するものであるから、各同業者の営業状況に差があり、その所得率にある程度の偏差があっても、それは当然のこととして予定されており、それが当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、平均値の中に捨象され、推計方法の合理性に影響を及ぼすべきものではない。原告は、原告自身の収入金額や必要経費を具体的に計算して被告の推計が不合理であると主張立証しているわけではないし、原告が主張する最先端の高価な加工用機械は、本件各係争年当時、既に工作機械を使用して機械部品を製造又は加工する業界において普及していたもので、機械本体の価格に幅があるし、これにオプションを付加することによってさらに価格差が生じるものであることなどからすると、原告が主張する右特殊事情は、具体的に原告の収入金あるいは所得率にいかなる影響を与えるか不明であるといわざるを得ず、右推計を不合理ならしめる程度の顕著な事情とはなりえない。

<3> 主として材料費は納税者が負担している者

<4> 収入に係る取引先が一社のみでない者

<5> 事業に係る収入金額が、本件各係争年分において、いずれも次の範囲内である者(この金額は、被告が把握している原告の本件各係争年分の収入金額の約二分の一以上かつ二倍以下の金額である〔倍半基準〕。)

平成三年分 一五三一万九〇〇〇円以上 六一二七万六〇〇〇円以下

平成四年分 一三九六万七〇〇〇円以上 五五八六万九〇〇〇円以下

平成五年分 一二六七万八〇〇〇円以上 五〇七一万三〇〇〇円以下

このような倍半基準は、推計課税の基礎となる収入金額や仕入れ金額の多寡が、その納税者の事業規模を推測する蓋然性の高い価値尺度足り得るという経験則を前提とするもので、課税庁内部において、極力統一的な取り扱いをすることが推計課税のあり方の客観化を図り、さらには納税者の信頼をも得られることになるのであるから、それ自体合理性を有するものである。

<6> 本件各係争年分を通じて、作業に従事する家族従業員が一名おり、その他に年を通じて作業に従事する従業員のいない者

<7> 本件各係争年分の所得税について更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法若しくは行政事件訴訟法の規定による不服申立て期間若しくは出訴期間を経過している者又はこれらの争訟が係属していない者

イ<1> 被告は、原告の住所地を管轄する岡山東税務署を含む岡山県及び広島県下の各税務署管内の個人事業者のうち、右ア<1>ないし<7>の条件すべてに合致する者を抽出するために、右の各税務署長に対して、右抽出条件のすべてに該当する者の本件各係争年分に係る事業内容の報告を求めたところ、岡山西、西大寺、福山及び竹原の各税務署長から各一名の該当者の報告があったので、これら四件すべてを類似同業者として採用した。

<2> 広島県が岡山県に隣接する県であり、しかも山陽側の工業地帯をなす同一経済圏を形成すると思われる地域に属すること及び原告は広島県の廿日市市にも取引先を有していたことからすると、右範囲で抽出された同業者は、地理的な営業条件において同一であることが合理的に担保されている。

<3> また、被告は、同業者の申告書等の写しを提出せずに、国税局から管内の各税務署長にあて、一定の基準(同業者の抽出基準)を示して、これに合致する類似同業者の売上げ、仕入れ、経費等の数額等を照会して報告を求め、各税務署長は、管内の同業者の氏名を伏せ、A、B、Cと符号を付して、右照会に係る事項を公文書で回答し、これらの照会書、回答書を書証として提出する方法である、いわゆる通達回答方式を採用して、類似同業者を選定しているので、右方法による同業者の抽出過程に被告の恣意が介在する余地はない。

(二) 原告の主張

被告主張の推計方法は、次の点で、合理性を欠く。

(1) 同業者の類似性

被告は、類似同業者選定基準の一つとして「数値制御装置を備え付けた加工用機械を有する」という極めて抽象的な基準で指示通達し、選定をしている。

しかし、右のような抽象的基準では、原告が設置している後記のような加工用機械を使用している業者を選定することはできない。また、原告が、本件各係争年分に当たる平成三年から平成五年の間設置していた機械類は、<1>主軸移動型で、自動材料供給装置を付加した特別仕様のスイス型CNC自動旋盤JNC三二(スター精密機械株式会社製)二台、<2>同じく主軸移動型のスイス型NC自動旋盤JNC一六(スター精密機械株式会社製)一台、<3>精密転造機R一〇A(株式会社ツガミ製)一台、<4>両面同時加工CNC旋盤ZL一五S(株式会社森精機製作所製)一台などで、原告程度の事業規模(取引先は約二〇社、従業員は原告とその妻のみ)の同業者に比して類をみない最先端の高価な機械類であることから、右のような同業者に比して著しく所得率が低くなる傾向を有しているのであり、このような他の同業者とは到底比較できない原告の特殊事情を無視して、被告が選定した類似同業者を原告の事業規模と類似する同業者とすることは誤りである。現に、被告が類似同業者として抽出した四者は、右<1>ないし<4>の工作機械を所有していない。

(2) 類似同業者の抽出範囲の合理性

原告の事業場所から遠く離れた広島県福山及び竹原税務署管内の同業者を類似同業者として採用することは類似性を欠いている。

(3) 事業規模の合理性

類似同業者の抽出基準として、類似同業者の収入金額をいわゆる倍半基準によったことは合理性がない。

(4) 類似同業者の抽出過程の合理性

類似同業者は、機械的に抽出されたものではなく、被告の推計方法は客観的な合理性を有しない。

第三争点に対する判断

一  主たる争点1(推計課税の必要性)について

1  証拠(甲一、一一、三一、三五、三七、乙三二、三三、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、原告の本件各係争年分の所得税について、提出された確定申告書には収入金額及び必要経費の記載がなく、その内容が全く不明であり、これまで一度も税務調査を行っていなかったことから、原告の所得税の調査を実施することとし、被告の係官奥本俊彦(以下「奥本」という。)と同稲田光司(以下「稲田」という。)が右調査を担当することとなった。

(二) 奥本と稲田は、平成六年八月二五日午前一一時二五分ころ、原告宅へ調査のため訪れたが、不在であったため、奥本の名前で、<1>所得税及び消費税の調査のため訪問したが不在であったこと、<2>同年九月一日午前九時三〇分ころ再度来訪する予定であること、<3>平成三年分ないし平成五年分の帳簿証ひょう書類を用意してほしいこと及び<4>右再訪予定日が都合の悪い場合には連絡をしてほしいことを記載した連絡表を置いて帰署した。

奥本は、同日午後七時ころ、原告宅に電話し、同年九月一日に調査のために訪問する旨を伝えたところ、原告は、「日程はちょっとわからんけえ、また、連絡するわ。」と答えた。

(三) 原告は、平成六年八月二九日午前九時一〇分ころ、「日程は九月二二日の午後二時にしてほしいんじゃが。」と奥本に電話で伝え、奥本の早期の日程調整の提案には応じなかった。奥本は、いったん電話を切った後、稲田と相談して原告に電話し、もう少し早い時期に日程を設定してほしい旨説得したが、原告は、「無理じゃ、対応できんのじゃ。」と言って一方的に電話を切ってしまった。

そこで、稲田は、上司と相談し、原告に早期の調査協力を依頼するため、原告宅を訪れることにしたが、当時、原告の工場の場所や原告の出勤時刻が不明であったため、原告と確実に会うことができるであろう朝早い時刻に原告宅を訪問することとした。

(四) 稲田は同僚の原係官と共に平成六年八月三〇日午前八時一〇分ころ、原告宅に赴き、身分証明書を呈示したうえで、調査日程をもう少し早めることはできないか尋ねたところ、原告は、「ならん、昨日奥本いうのに言うとる。」「書類をそろえんといけんのじゃろうが。」と述べ、稲田が、書類については今ある書類でよい旨述べて説得を続けると、原告は、「しつけーのう。帰れ。」と述べて家の中に入ってしまった。

(五) 平成六年九月一六日午後四時三〇分ころ、原告から、奥本に「総務課長から何か聞いとるかな。」「わしら、九月三〇日に交渉するようなっとるから、それ以降にしてもらえんかな。」という電話があり、奥本が、予定どおり九月二二日に調査に行く旨述べると、原告は、「だめなんじゃ。わしは、民商に任しとんじゃけえ。民商と連携しとるんじゃけえ。そんなん言っても無理じゃ。」と述べて一方的に電話を切った。

(六) 奥本と稲田は、原告が当初指定した平成六年九月二二日、午後二時ころに原告宅を訪れたが不在であり、午後二時一〇分ころまで待ったが、原告は帰宅しなかったため、<1>約束の時間に訪問したが不在であったこと、<2>同月二六日午前八時三〇分から午前九時の間に電話連絡をしてほしいことを記載した連絡表を置いて帰署した。

奥本は、同日午後五時一五分ころ、原告に電話し、約束の時間に訪問した旨伝えたが、原告は、「今日は約束してないじゃろうが。」「三〇日が終わってからじゃ。」と述べ、奥本が、誰にそうするように言われたのか尋ねたところ、原告は、「民商じゃ。連携しとるってこの間も言っとろうが。」などと言って一方的に電話を切った。

(七) 原告及び民商事務局員六名は、平成六年九月三〇日午後三時一〇分ころ、岡山東税務署一階事務室を訪れ、稲田、奥本及び右両名の上司である坪井辰己国税調査統括官(以下「坪井」という。)と面談した。

坪井が、原告に対し、稲田と奥本が約束の九月二二日午後二時に原告宅を訪れた旨伝えると、原告は、「わしはなあ、八月三〇日に稲田と原が来たのが気に入らんのじゃ。いきなり来て帳簿を見せえと言うたんじゃ。わしは寝とったんじゃ。九月二二日で話がついとるのに。まるで罪人扱いじゃ。八時一五分ころに来て、あんたら仕事は何時からなあ。」と述べた。坪井は、「八時三〇分からです。しかし八時一五分が非常識とは思っておりません。日中会えない場合は、出かけられる前に伺うこともあります。今岡さんに早く調査に協力していただくために伺ったのであり、罪人扱いはしていません。」と述べ、このような状態で日程を延ばし続けるのであれば、調査に協力する意思があるとは思えない、次回の調査日程を調整するため、電話を貰えない場合や、日程を延ばし続けるのであれば、反面調査を進める旨述べた。

これに対し原告が「そりゃあええけど、電話はするよ。」と述べたところ、通路で待っていた民商事務局員は、「電話をすることはない。」「日程を決めるな。」「今岡さん、統括に謝罪するように言え。」などと述べ、「事実関係を明らかにせえ。電話をする必要はない。宣伝カーを出す。ビラをまく。」などと叫びながら、原告と共に退室した。

(八) 原告は、平成六年一〇月三日午前一〇時二五分ころ、奥本に電話して、一〇月一三日か一四日のどちらかの午後二時に来てほしい旨伝えたので、奥本は、いったん電話を気って稲田と相談し、原告に電話でより早い日時にするよう説得した。しかし、原告は承知しなかったことから、一三日午後二時に調査に行くこととなった。その際、奥本が、守秘義務の関係で、第三者の立会下での調査はできないことを伝えたところ、原告は、「そうなんか。わしゃあ無知じゃけえなあ。でもわしは何も分からんから、誰かついとってもらわんとおえんのじゃ。」と述べ、奥本が再度同様の説明をしたが、原告は一方的に電話を切ってしまった。

(九) 奥本と稲田は、平成六年一〇月一三日午後二時ころ、原告宅へ赴き、部屋の中へ案内されたが、そこには、原告の外に七名がいた。

奥本と稲田は、身分証明書を呈示後、調査に来た旨を告げ、「帳簿は用意してもらっているのですか。」と尋ねたところ、原告は、「そりゃあ、ここに用意しとるがあ。」と答え、応接台の上に置かれていた薄いノートを取り上げ、「そんなことより、この間の回答を聞かせてもらわんといけんわあ。今度来るときに言うようになっとっただろうが。」と述べたので、奥本は、「今日は、今岡さんの調査で伺っているのであって、そのようなことを言うのに来たのではありません。」と答えた。

このとき、同席者の一人が、「早よう、説明せいや。」と発言し、奥本が右発言者の氏名を尋ねたところ、その者は、「民商の早川じゃ。」と答えた。奥本が、「関係のない方は黙っといてください。」と注意すると、原告が、「関係ないことはないじゃろう。せっかく来てもらっとるんじゃけえ。」と述べたため、奥本は、「今岡さん、このように調査に関係のない第三者の方がいるところでは、調査を進めることはできません。」「調査に協力してもらえないのですか。」と言ったが、原告は、「協力せんとは言うとらんじゃろう。今日はわしが呼んで来てもらっとるんじゃけえ。」と答えた。

これに対し、稲田が、「だったら、退室してもらってください。」と強く要請したところ、原告は、「あんたは黙っとれえな。奥本さんと話をしとるんじゃけえ。」と言い、さらに奥本が、第三者の立会は守秘義務の関係から認められない旨説明したところ、原告は、自分が呼んで来てもらっているのだから、立ち会ってもらってもよいのでないかと繰り返すばかりであった。

奥本と稲田は、右状況下では、原告から調査への協力は得られないと判断し、奥本は、原告に対し、「こういう状況では、調査に協力してもらっているとは思えません。こちらの方で調査を進めますから。」と伝え、原告宅を辞去した。

(一〇) 奥本と稲田は、平成六年一〇月一四日、原告の取引先に対する反面調査に着手した。

(一一) 奥本は、平成六年一一月七日、原告から反面調査を行っていることに対し、抗議の電話があった際、原告に対し、反面調査は、質問検査権に基づき適法に行っている旨説明し、調査に関係のない第三者の立会のない状態での帳簿書類の呈示を繰り返し求めたが、原告は、「何でだめなんじゃ。」と言うばかりで、第三者の立会なしの調査への協力を承諾しなかった。

奥本と原告は、平成六年一一月九日、一〇日、一七日にも、電話で右同様のやりとりをしたが、第三者の立会のない状態での帳簿調査の協力を求める奥本に対し、原告は、反面調査に対する抗議発言を続けるのみで、帳簿書類を呈示する様子はなかった。

(一二) 奥本は、平成六年一二月六日、反面調査により原告の本件各係争年分の収入金額の確認を終えたので、電話で原告に面談を申し込んだところ、原告は、忙しくて会えない、すぐには日にちは決められない、などと言うばかりで、日程を設定することはできなかった。

奥本は、平成六年一二月九日、原告に電話し、再度面談を申し込んだが、原告は、「経費の方も調べてもらわんといけんじゃろが。」と言うばかりであり、奥本が、帳簿書類の呈示、調査への協力を要請したところ、原告は、前言を繰り返すのみで、調査への協力及び日程の設定をしようとはしなかった。そこで、奥本は、原告に後日電話をしてほしいこと及び電話がない場合は訪問することを伝えた。

(一三) 原告からの電話連絡がなかったので、奥本と稲田は、平成六年一二月一四日午後一時三〇分ころ、原告の工場へ行った。

奥本は、原告に対し、調査により把握した原告の収入金額を帳簿書類で確認したい旨伝えたところ、原告は、「収入を調べたんはまあええわ。でもなあ、経費も調べてもらわんとおえんで。わしが払った方はわしがお客様なんだから、なんぼ調べてもいいで。」といった発言を繰り返し、稲田が帳簿書類を提示して調査に協力してもらえないのか尋ねたところ、原告は、「調査には協力するがな。でも、担当は奥本さんじゃからな。奥本さんは来とらんじゃないか。」と述べ、奥本が、身分証明書を提示して、「私が担当の奥本ですよ。それにこちらも担当の稲田ですよ。一〇月に一緒に伺ったでしょう。」と述べると、原告は、「えっ、奥本さんかいな。原さんだと思っとったがな。悪い悪い。悪かったなあ。こっちの方はよう覚えとったんじゃけどなあ。」とあいまいに返答した。奥本が、再度帳簿書類の提示、調査への協力を依頼したところ、原告は、「今忙しいから。」と言い、地面を指して線を引くような仕草をして「もうええ、ここから入るなよ。」と述べた。

奥本は、その場での正常な状態での調査は困難であると判断し、税務署での調査を提案したが、原告は拒否した。

奥本と稲田は、再度、帳簿書類の提示、調査への協力を要請したが、原告は、「今は忙しいんじゃ。」と言うのみで、ついには、「更正でも何でもすりゃあええ。裁判までいって構わんけえな。」と言って、工場の中に入ってしまった。

(一四) 奥本と稲田は、反面調査等によっても、原告の収入金額をすべて把握することはできず、必要経費についても原告の協力が得られず、すべてを把握することができなかったことから、所得金額を実額で把握することは不可能であると判断し、推計の方法により所得金額を算出することとした。

(一五) 奥本と稲田は、平成七年二月一日午後一時三〇分ころ、推計の方法で算出した原告の所得金額が申告にかかる所得金額を上回ったため、原告の工場へ行き、原告に調査結果を説明し、奥本は、その金額で修正申告するかどうかを検討するよう原告に伝えた。

(一六) 奥本は、原告に対し、平成七年二月三日午後一時ころ、電話で修正申告の意思を尋ねたところ、原告は、「そりゃあ、あるわいな。」と答えたものの、奥本の来署意思の確認に対し、「税務署へ行ったら、何かメリットはあるんかいな。」「だけえ、税務署に出ていったら税金が安うなるんかいな。」と述べ、奥本が、そのようなことはないし、再度修正申告をする意思がある場合は来署するよう伝えると、原告は、「もうええ。」と述べた。そのため、奥本と稲田は原告が修正申告する意思がないと判断した。

2  右認定事実によれば、原告は、被告の係官があらかじめ電話等で、原告と調査の日程を調整する努力をしていたにもかかわらず、民商との連携などを理由に日程調整に協力せず、調査の日としていったんは自ら申し出た日に在宅しないなど、被告の調査を遅らせており、さらに、被告の係官が、平成六年一〇月一三日、原告宅を訪れた際、原告は、民商関係者を立ち会わせ、被告の係官が、守秘義務の関係で第三者の立会がある場合には税務調査は進められない旨説明し、第三者の立会のない状態で帳簿書類を提示するよう説得したにもかかわらず、原告はこれに応じないで民商関係者の立会を認めるよう繰り返すのみで、調査に協力する態度は一切窺われなかったし、その後も、第三者の立会なしに帳簿書類を提示することを承諾しなかったばかりか、被告の反面調査に対する抗議を続けたり、多忙を理由に調査への協力を拒否し続けたのであるから、被告の係官が直接原告から帳簿書類の提示を受けて調査することを断念したのもやむを得なかったものと認められる。したがって、被告は、経費等を具体的に把握して、原告の所得金額を実額で把握することを諦めざるを得なかったのであるから、推計の必要性があったと認められる。

3  これに対し、原告は、調査が遅延したのは、<1>被告の係官が、平成六年八月三〇日、午前八時一〇分ころという被告の就業時間前であり、原告の就寝中の時間帯に、原告宅を訪れ、調査を開始しようとしたことについて、非を認めなかったこと、<2>民商関係者の立会さえ認められれば調査に協力する意思であったのに、被告が合理的理由なくこれを拒んだことが原因であると主張し、原告本人尋問でもこれに沿う供述をする。

(一) しかしながら、所得税法二三四条一項の規定は、所得税について調査の権限を有する税務署等の係官において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、被調査者の事業の形態等諸般の具体的事実にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、調査の一方法として、同条一項各号に定める者に対し質問し、又はその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、右必要と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、これを権限ある税務署等の係官の合理的な選択にゆだねたものと解するのが相当である。(最高裁昭和五八年七月一四日第一小法廷判決・訟務月報三〇巻一号一五一頁参照)。

本件においては、原告の確定申告書には収入金額及び必要経費の記載がなく、その内容が全く不明であり、これまで一度も調査が行われていなかったことから、質問検査の必要性が認められるところ、被告の係官が事前に原告に調査に行くことや了解を得ずに、平成六年八月三〇日午前八時一〇分ころに原告宅を訪問したのは、その前日、電話で調査日程を調整中、原告が一方的に電話を切ったことから、原告と直接会って早期の調査に協力してくれるよう要請する必要から、右電話の翌日で、原告の工場の場所や原告の出勤時刻が不明であったことから、確実に原告と会える時間帯を考えてのことであり、訪問時刻も被告の就業開始時刻のわずか二〇分前であるから、被告の係官の右訪問は社会通念上相当な限度にとどまり、税務職員の合理的な裁量の範囲内にあるものと認められる。右時刻に原告が就寝中であったとしても右認定を左右するに足りない。

(二) また、原告の具体的な所得金額を把握しようとする本件調査では、当然に、原告の取引先に関係する事項にも調査が及ぶことが予想され、被告の係官が原告にその取引先のプライバシーに関する事項等をみだりに他に漏らすことが許されない事項について質問し回答を求めることもあり、原告が要求する民商関係者の立会を認めることは、被告の係官が原告の取引先との関係で公務員の守秘義務違反となるおそれがあると考えられること、税務調査は、収入金額や必要経費について、その内容を一番把握している納税義務者本人等からの説明を求め、あるいは帳簿書類等の検査をするものであるから、納税者等の権利保護のために専門知識を有する者の立会いが必ず必要であるとも考えられないことからすると、被告の係官が守秘義務を理由に第三者の立会を拒否したことは裁量の範囲内であるというべきである。

(三) なお、前記1のとおり、被告の係官が事前通知をせずに原告宅を訪れたことが認められるものの、所得税法二三四条一項では、質問検査実施の日時場所の事前連絡は法律上一律の要件とはされておらず、しがたって、右事前通知を行うか否かも、前示のとおり権限ある税務署等の係官の合理的な選択にゆだねられているものと解すべきであって、その回数やその後電話等により日程調整が行われていることなどからすると、右訪問につき事前連絡がなかったことのみをもって直ちに右措置が税務職員の合理的裁量の範囲を超えるものとはいえず、これをもって推計の必要性を覆す事情ということはできない。

二  主たる争点2(推計の合理性)について

1  前記第二、一の争いのない事実、証拠(甲一、三ないし六、一一、一三ないし一五、一九ないし三〇、三五ないし三七、乙一ないし三一〔枝番を含む〕、証人河島功、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(一) 被告は、本件各係争年ごとに、類似同業者を抽出したうえ、それぞれ右同業者の平均所得率を求め、これを原告の本件各係争年分の収入金額に乗じて原告の所得金額を算出した(別表二)。

なお、原告の本件各係争年分の収入金額については、当事者間に争いがない(別表三の1ないし3)。

(二) 右(一)の類似同業者の抽出にあたっては、広島国税局国税実査官河島功(以下「河島」という。)が、「『同業者(個人)の課税事績表』の報告について」と題する書面(乙一)を起案し、広島国税局長名で右書面を通達として、平成九年八月二七日、岡山県及び広島県下の各税務署長に対し報告を求めた。

原告は、広島県廿日市市に取引先を有しており、右事情に加え、広島県が岡山県に隣接する県であり、山陽側の工業地帯を形成する同一経済圏に属することから、右通達において、岡山県及び広島県内の同業者が抽出の対象とされた。

(三) 右通達書面には、類似同業者の抽出基準において次の条件が設けられていた。

<1> 本件各係争年分を通じて所得税の確定申告について、所得税法一四三条の承認を受けて青色申告書を提出している者

<2> 本件各係争年分を通じて、数値制御装置を備え付けた加工用機械を所有し、機械部品(受託)加工業を継続して営み、その中途において、開廃業、休業又は業態を変更していない者

<3> 主として材料費は納税者が負担している者

<4> 収入に係る取引先が一社のみでない者

<5> 事業に係る収入金額が、本件各係争年分において、いずれも次の範囲内である者(この金額は、原告の本件各係争年分の収入金額の約二分の一以上かつ二倍以下の金額である。)

平成三年分 一五三一万九〇〇〇円以上 六一二七万六〇〇〇円以下

平成四年分 一三九六万七〇〇〇円以上 五五八六万九〇〇〇円以下

平成五年分 一二六七万八〇〇〇円以上 五〇七一万三〇〇〇円以下

<6> 本件各係争年分を通じて、作業に従事する家族従業員が一名おり、その他に年を通じて作業に従事する従業員のいない者

<7> 本件各係争年分の所得税について更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法若しくは行政事件訴訟法の規定による不服申立て期間若しくは出訴期間を経過している者又はこれらの争訟が継続していない者

(四) 被告において、右<1>ないし<7>の条件を付したのは、原告と業種、業態及び事業規模の合致する類似同業者を抽出するためであり、このうち右<1>の条件を設定したのは、青色申告者は、大蔵省令により、継続的な記帳義務が課されており、右記帳に基づいて申告が行われるため、右申告により入手される資料は、一応正確なものと認められ、資料の正確性を担保できると考えたからであった。

また、右<2>の条件のうち、「数値制御装置を備え付けた加工用機械を所有し」という条件を設定したのは、被告において、原告が、その台数は不明ながらも、数値制御装置(NC装置)を備え付けた加工用機械を所有していることを確認しており、右事実は、収入所得の多寡を決定する要素となると考えられたからであった。なお、台数についての条件は設定されていないが、被告としては、右(二)の通達において、他の条件、例えば原告と同規模程度の収入を得ていること、なども設定されているため、右台数に関する条件設定を欠いても、原告の業種、業態及び事業規模に近い同業者を抽出することは可能であると考えたからであった。

右<2>の条件のうち、「各年分の中途において、開廃業、休業又は業態を変更していない者」という条件を付したのは、各年分の中途において、開廃業、休業又は業態を変更した者は、原告と異なる特殊事情が存する可能性があるので、原告との類似性を担保するため、右の者を排除することとしたものである。

右<3>の条件を付したのは、被告において、原告の事業においては、材料費は主として原告が負担していることを確認しており、材料費の負担の有無により収入単価が異なってくると考えたからであった。

右<4>の条件を設定したのは、被告において、原告の取引先が複数社存在するこを確認しており、取引先が複数の場合、一社専属の下請業者とはその形態が異なってくるからであった。

右<5>の条件を設定したのは、事業規模の観点から、原告との事業規模の類似する同業者を抽出するためであり、その収入金額の幅につき、いわゆる倍半基準によったのは、その基礎数値の二分の一以上二倍以下という範囲が、規模の類似性が担保される最大限の幅であると考えたからであった。

右<6>の条件を設定したのは、原告のような個人事業所においては、従業員数は収入や所得を左右する重要な要素となり、原告においては、作業に従事する原告の妻が一名おり、そのほかには、一年を通じて作業に従事する従業員がいないと認められたため、その業態を類似させるためであった。

右<7>の条件を設定したのは、所得税について更正または決定の各処分を受けた者で不服申立期間又は出訴期間が経過していない者並びにこれらの争訟が継続している者は、所得金額に争いがあり、最終的な所得金額が確定していないことから、正確な資料とはなり得ず、除外することとしたからであった。

(五) 被告が、右通達中で、必要経費の額につき、「青色申告者に限り認められている必要経費を除く」こととしたのは、原告は白色申告者であったため、青色申告者にのみ特典として認められている経費を除く必要があったからであった。

また、被告が、右通達中で、「減価償却費の計算については、対象者が低率法による計算又は租税特別措置法の規定による割増償却及び特別償却を選択している場合には、その減価償却費の額は定額法による計算又は割増償却及び特別償却を適用しないで計算した所の金額を用いること」としたのは、右定率法、割増償却、特別償却は、税務署長に対する届出若しくは申告の際の明細書の添付があって初めて認められるものであることから、原告においては、そのような届出若しくは明細書の添付は一切なかったので、原告が使用できる計算方法に合わせるためであった。

(六) 右(二)の通達に対し、岡山西、西大寺、福山及び竹原の各税務署長から各一名の該当者の報告があり、被告は、これら四件すべてを類似同業者として採用した。

(七) 原告は、次の加工用機械を本件各係争年度である平成三年から平成五年の間、保有していた(数値制御のことをニューメリカル・コントロール〔NC〕あるいは、コンピューター・ニューメリカル・コントロール〔CNC〕といい、数値制御装置を備えた工作機械のことを、CNC〔自動〕旋盤あるいは単にNC旋盤という。)。

<1> スイス型CNC自動旋盤JNC三二(主軸移動型、スター精密機械株式会社製、これに自動材料供給装置などを付けている。)二台

<2> スイス型NC自動旋盤JNC一六(主軸移動型、スター精密機械株式会社製)一台

<3> 精密転造機R一〇A(CNC装置で削ったものにネジの溝を作る機械、株式会社ツガミ製)一台

<4> 両面同時加工CNC旋盤ZL一五S(固定型、株式会社森精機製作所製)一台

(八) 社団法人日本工作機械工業会の統計(乙三四)によれば、本件各係争年時、機械加工業界において、受注高におけるNC利用の占める割合は、八二・八ないし八四・四パーセントであり、平成六年当時、NC旋盤を製造するメーカーは、原告が保有していた機械の製造元であるスター精密機械株式会社等のほか、少なくとも、株式会社ツガミ、株式会社池貝など七社があった。

(九) 機械加工用工作機械には、主軸移動型と主軸固定型の二種があり、主軸移動型は、材料を挟んだ主軸が移動して加工されるもので、製品には、細くて短いもの、例えば、電動工具、農機具、時計など精密機械の部品が適しており、他方、主軸固定型は、材料を挟んだ主軸は固定され、刃が移動して加工されるもので、製品には太くて短いもの、例えば自動車などの部品が適している。

右主軸移動型と主軸固定型とは、何を製造するかによって使い分けがされており、それぞれの性能を単純に比較することはできない。価格については、株式会社ツガミの製品でいえば、主軸移動型も主軸固定型も共に、四七〇万円から二二〇〇万円くらいまでのものがあり、本体にオプションを付加すればそれにともなって価格も高くなるので、主軸移動型と主軸固定型とで、単純に価格を比較することはできない。また、生産性や利益についても、製造する製品が異なっているため、主軸移動型と主軸固定型とで単純に比較できない。

2  ところで、推計課税は、納税者の所得金額の実額が直接的な資料によって把握できない場合に、税負担公平の観点から課税の放棄が許されないことにより、やむを得ず、間接資料によって推計した金額をもって真実の所得金額に近似するものとして認定し、課税するものであるところ、同業者の平均所得率によって所得金額を推計する場合、その目的は、推計によって得られた蓋然的近似値を真実の所得金額と認定することに存するのであって、各同業者の営業状況に差があるのはむしろ当然のこととして予定されている。また、その所得率には、ある程度の偏差が存するのが通常であり、類似同業者の営業内容、加工用機械の所有状況等の個別的条件を厳格に斟酌し、納税者と類似同業者との類似性を過度に要求することは、推計の方法による課税自体を不可能にすることになりかねない。

かかる推計課税の趣旨目的などからすると、推計の方法が、業種、業態及び事業規模の一応の類似性並びに平均値算出方法の整合性等、推計の主要な部分において、基礎的要件に欠けるところがない以上、同業者に通常存在する程度の個別的な営業諸条件の差異は、それが当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、平均値の中に捨象され、推計方法の合理性に影響を及ぼすべきものではないと解すべきである。

3  (推計方法自体の合理性及び業種・業態における抽出範囲の合理性等)

(一) これを本件についてみると、右1で認定した推計課税の内容によれば、被告は、当事者間に争いのない原告の収入金額(当初被告はこれを原告の取引先に対する反面調査により把握した。)を基礎とし、これに類似同業者の平均所得率を乗じるなどして、原告の本件各係争年分における所得金額を算出しており、このようないわゆる比率法による算出方法自体は一般的合理性を有していて相当である。また、被告が類似同業者の抽出にあたって設定した前記1(三)<1>ないし<7>の条件のうち、<2>、<4>及び<6>の条件は、抽出される業者と原告との業種・業態における類似性を確保する見地から見て相当であり、また、<1>、<3>及び<7>の条件は、抽出の結果得られる基礎資料の正確性を担保しているものと認められる。

(二) ところで、原告は、被告が同業者の抽出にあたって設定した前記1三<2>の条件について、このような抽象的基準では、原告が設置している加工機械を使用している業者を選定することはできないと主張する。

しかし、証拠(証人河島)によれば、広島国税局長名で発出された前記1(二)の通達における同(三)の<2>の数値制御装置を備え付けた加工用機械を所有しているとの条件に関し、報告を求められた税務署長からは、NC旋盤が右条件に該当する機械か否かについて一件のみ質問があったにすぎず、前記1(八)のとおり、本件各係争年時においても、大多数の機械加工業者がNC旋盤を使用していたことからすると、右通達の条件が抽象的にすぎるとはいえない。

(三) また、原告は、原告が使用していた数値制御装置が付いた加工用機械については、<1>スイス型CNC自動旋盤JNC三二に自動材料供給装置が付加された特別仕様のものであること、<2>右<1>とスイス型NC自動旋盤JNC一六は、いずれも主軸移動型であり、その価格は、より一般的である主軸固定型の二倍以上であること、<3>両面同時加工CNC旋盤ZL一五Sは、一台の機械の鎌の中で二つの機械が動く装置になっていることが加工用機械として特殊性を有し、これらは他の類似同業者にない特殊事情である旨主張し、原告本人尋問中にはこれに沿う供述がある。

しかしながら、<1>の点については、一般に自動材料供給装置は、工作用機械に付加して使用されるものとであるところ、右装置自体が稀少なものあるいは他の工作機械に比して極めて高価なものであるなど、右装置を付加した交錯機械を使用することにより、これを使用しない類似同業者と比べて具体的に所得率に著しい違いが生じることを認めるに足る証拠はない。むしろ、自動材料供給装置は、右<1>の機械の特別付属品としてそのパンフレットにも表示されている(甲三)ことからすると、右の点が、類似同業者により求められた所得率の平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著な特殊事情であるとはいえない。

次に右<2>の点については、前記1(九)のとおり、主軸移動型と主軸固定型とでは、製造する物によりその使い分けがされているため、それぞれの性能は単純に比較できず、また、価格の面においても、両者共それぞれ四七〇万円から二二〇〇万円くらいまでの開きがあり、単純に主軸移動型と主軸固定型とを比較して、主軸移動型の方が高額であるとはいえず、さらに、両者においては、製造される製品が異なっているので、製造による利益や採算性についても単純な比較はできないのであるから、右の点をもって、所得率等を左右する特殊事情であると認めることはできない。

次に<3>の点についても、一台の機械の鎌の中で二つの機械が動く装置が工作機械の装置として、具体的にどのように特殊であるのか不明であるうえ、仮に右装置が特殊なものであるとしても、この点が他の一般的な工作機械に比して、価格が著しく高価であって、これを使用することによって所得率などに具体的に著しい影響を及ぼすなど、右機械を使用しない類似同業者から求められる平均所得率による推計を不合理ならしめるような特殊事情であることを認めるに足りる証拠はない。

なお、NC旋盤の導入により原告の設備投資に伴う費用(減価償却費、支払保険料、借入金利子等)の負担が増加するとしても、それはNC旋盤を導入している同業者に一般に起こりうることであるし、それらを導入していない業者においても、修繕費、リース料、減価償却費等の費用がそれ相応にかかるのであるから、これをもって原告のみに生じた特異な事情ということはできない。

むしろ、原告は、右工作機械を使用することにより、無人で機械を稼働させ、少ない従業員数でより長時間の加工作業を行うことが可能となる(原告本人)のであるから、右機械の使用は、原告の所得率を上昇させる要素とはなりえても、これを下げる要素となるものであると認めることはできない。

4  (地域的抽出範囲の合理性)

右2のとおり、原告は、広島県廿日市市に取引先を有すること、広島県が岡山県に隣接する県であり、山陽側の工業地帯を形成する同一経済圏に属することからすると、右抽出地域の設定には、合理性が認められる。

原告は、広島県福山及び竹原税務署管内は、原告の事業場所から離れているなどを理由に、広島県にまで抽出範囲を広げることは、同業者としての類似性を損なう不合理なものである旨主張するが、広島県下と岡山県下の同業者の類似性を認めることが不合理となるような特殊な事情を認めることはできず、むしろ、業種、業態、事業規模など、他の要素において抽出に絞りをかけていることから、ある程度抽出範囲を広げる方が類似同業者の件数を確保できることとなること、原告自身が取引先を広島県下にも有することなどからすれば、被告の抽出範囲の設定は、類似性を損なう不合理なものとはいえない。

5  (事業規模における抽出範囲の合理性)

本件においては、右1(三)<5>のとおり、抽出される同業者と原告との事業規模における類似性を確保するために、いわゆる倍半基準が用いられているが、同基準は、推計課税の基礎となる収入金額や仕入れ金額の多寡が、その納税者の事業規模を推測する蓋然性の高い価値尺度となることを前提とするもので、収入金額、所得金額などの数値を手がかりとして、右数値に一定の範囲内で絞りをかけて、事業規模の類似する同業者を抽出するための手段としては、それなりの合理性を有するものであるといえる。

また、本件においては、倍半基準によって抽出した同業者の中にその所得率において他の同業者のそれに比して著しく異なった数値を示すなど、右基準を機械的に適用することが不合理となる事情は認められないのであるから、本件において、倍半基準を用いることは、同業者と原告との事業規模における類似性の点で推計の合理性を基礎付けこそすれ失わせるものではない。

6  (類似同業者の抽出過程の合理性)

右1(二)ないし(六)のとおり、被告は、原告の所得を推計するにあたり、いわゆる通達回答方式を採用して、類似同業者を選定しているが、右方法による同業者の抽出過程に被告の恣意が介在する余地はないし、被告の恣意が介在したと認めるに足る特別の事情も認められないから、類似同業者の抽出過程の合理性も認められる。

7  したがって、本件での推計による原告の所得金額の算出には合理性がある。

三  以上のとおり、推計の必要性及び合理性は認められるところ、本件各係争年分の原告の収入金額に類似同業者の平均所得率を乗じて算出した所得金額から、事業専従者控除額(当事者間に争いがない。)を控除することによって得られる原告の本件各係争年分に係る事業所得の金額は、別表二の番号<5>「事業所得の金額」欄記載のとおり、平成三年分が一四〇五万九五七〇円、平成四年分が一二五五万二七二六円、平成五年分が一二〇八万一二二一円と認められ、いずれも本件各更正処分に係る事業所得の金額を上回っているから、その範囲内で行われた本件各更正処分は適法である。

また、原告が本件各係争年分の確定申告を過少に行ったことについて、国税通則法六五条四項の「正当な理由がある」とは認められないから、同条一項及び二項に基づいて行われた本件各賦課決定処分も適法である。

したがって、原告の本件各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野木等 裁判官 村田斉志 裁判官 村上誠子)

別表一の1

課税処分等経過表(平成三年分)

<省略>

別表一の2

課税処分等経過表(平成四年分)

<省略>

別表一の3

課税処分等経過表(平成五年分)

<省略>

別表二

原告の事業所得の金額の算出経過表

<省略>

別表三の1 平成3年分 収入金額

<省略>

別表三の2 平成4年分 収入金額

<省略>

別表三の3 平成5年分 収入金額

<省略>

別表四の1

類似同業者の所得率表(平成三年分)

<省略>

別表四の2

類似同業者の所得率表(平成四年分)

<省略>

別表四の3

類似同業者の所得率表(平成五年分)

<省略>

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